山科区の北西端、洛中と洛外を分かつ「東山三十六峰」のひとつである神明山の森閑とした山中に、静かに佇む神社がある。京都最古の宮、日向大神宮である。「神宮」とは、祭神が皇室の祖先である場合や、皇族と縁の深い神社を指す。創建は第23代顕宗天皇の御代(485〜487年)であり、閑寂な風情ながらも由緒ある神社であることが伺える。付近には蹴上インクラインや南禅寺があり、多くの人々で賑わうが、ここまで足を伸ばす人はそういない。
日向大神宮は「京の伊勢」とも呼ばれており、社殿が神明造りであることや、内宮(ないく)・外宮(げく)が奉斎されていることなど、伊勢神宮との共通点も多い。かつては伊勢神宮の代参としても人気を集めていたという。近年では紅葉の隠れた名所としても知られ、社殿との調和や、境内に群生する常緑樹とのコントラストが美しい。師走に入ると多くは散り始めるのだが、初旬であれば遅めの紅葉が見られるかもしれない。
境内には両本宮のほかにも数多の神社があるが、中でも大きな見どころのひとつが、「天の岩戸」だ。内宮に向かって左手、神様が降り立つという影向岩(ようごういわ)そばの坂道を登ったところにある巨岩の穴で、くぐると心身の罪穢れが祓い清められるという。内部は神秘的で、奥に設置された戸隠神社は、思わず手を合わせたくなるような厳かな雰囲気が漂う。
内宮と勾玉池の間にある、朝日泉にも触れておきたい。その昔、この湧き水を万民に与えると疫病がおさまったという、霊験あらたかな泉である。元旦には、祠の扉を開け、霊泉を汲み出し祈願するという若水祭が行われ、三が日の間、この若水が一般参拝者に授与される。神社入口にある手水は源泉を同じくし、飲水も可能なので、手口を清める際にもその神効が感じられるかもしれない。
そして日向大神宮を訪れたならぜひとも赴きたいのが、伊勢神宮遥拝所。入口に戻り手水舎の向かい、神社の建つこの山そのものが神体山であることを示す鳥居を右手に過ぎ、その先へ伸びる石段が遥拝所へ続く山道である。片道10分ほどの道のりではあるが、青々と茂る木々の間を縫い、歩みを進めるごとに、神聖な気持ちにさせられる。ゆるやかなカーブを曲がり、鉄塔を過ぎると目的の場所だ。粛として佇む鳥居の向こう、遥か彼方に伊勢神宮がある。現代では、それほどの苦もないが、その昔には庶民にとって一生に一度と言われるほど、憧れであった伊勢参り。この地で遥かなる伊勢を拝し、そんな先人たちの想いに触れてみてはいかがだろうか。