精進料理を食した経験は多くとも、「普茶料理」となると、その言葉を耳にしたことすらないという人もいるのではないだろうか。普茶料理とは、中国明朝時代の中国僧、隠元禅師によってもたらされた中国風の精進料理で、「普(あまね)く大衆と茶を共にする」という意味を示すところから生まれたという。肉、魚、卵を一切使わないため、味付けや調理に工夫が凝らされ、見た目も華やかなのが特徴だ。禅師が開創した宇治・萬福寺がいわば“本家”ともいえる存在だが、それに勝るとも劣らない普茶料理を味わうことのできる数少ない寺院のひとつが、宝善院である。黄檗駅のほど近く、萬福寺の塔頭が建ち並ぶ住宅街の一角にあり、その静かな佇まいは、まさに隠れ家といった雰囲気が漂う。
ここで味わうことができるのは、ひとことで言えば“優しさ”にあふれる料理の数々。食材は、住職自らが錦市場や中央市場へ出向いて、納得のできるものだけを選び、時間をかけて丁寧に調理する。加工品は使わないのが基本。例えば、精進料理では定番のごま豆腐(普茶料理では「麻布(まふ)」)一つとっても、すりごま、練りごまは使わず、予約当日の深夜2時頃には、下ごしらえを始める。
材料によっては前日に調理するものもあり、天ぷらに使う梅などは、塩抜きや蜜漬けに一週間から10日ほどかけるのだという。季節ごとに料理の内容も少しずつ異なるのだが、住職が満足できる仕上がりでなければ提供しない。「普段は苦手な食材でも、ここでは食べられた、という方もいらっしゃって。来られた方の喜ぶ顔が見られるのが一番うれしいですね」と住職の奥様は語る。ここを訪れた人々と、わずかながらも結ぶことができた縁。その縁を大切に想う住職の気持ちが、料理の一品一品を味わうごとに伝わってくる。
禅宗には「五観の偈」という戒律があり、自然の恵みと労力に対する感謝や、自分の行いがこの食事をいただくに値するかどうか反省する、など意味を持つ5つの偈文を食事の前に唱えるという作法がある。作法というと堅苦しい印象を抱きがちだが、手間暇をかけて作られた宝善院の普茶料理を一度味わったなら、感謝や内省の気持ちは自ずと生じてくるに違いない。
食事が済んだなら、庭もぜひ歩いてみてほしい。黒石を敷き詰めた“陰”、萌黄色の苔と白砂が印象的な“陽”、いずれも手入れの行き届いた落ち着いた空間。八体の干支の守本尊が安置されているので、自身の干支の守本尊を探してみるのも楽しい。また、こちらで授与される御朱印には、自身の干支の守り本尊を書き記してもらえるので、この機会に御朱印集めを始めてみてもいいかもしれない。
京都府宇治市五ケ庄三番割34-3
TEL:0774-32-4683
拝観受付:9:00~17:00(年中無休)、拝観無料
※普茶料理1名6,000円〜(3日前までに要予約、4名以上)
黄檗宗大本山塔頭 宝善院 公式サイトはこちら